2017年1月27日金曜日

若者のための政治マニュアル 山口二郎 その3

前回
その2


【ルール5】
◆政治資金の透明性を高めるための改革が必要であることは言うまでもない。しかし、政治家に清貧を、政治活動に低コストを求めることには限界がある
◆政治家を専門の仕事にするということは、議員という仕事から生活するに足るだけの報酬を得なければならないということを意味する。
◆人間らしい生活ができる程度の給料をもらうことこそ当たり前とすべきである。

◆金大中は、韓国の軍事独裁政権を倒して民主主義を実現するために闘い、やはり長い間投獄された
◆判断力とは、希望的観測を持たないことでもある。自分にとって「不都合な真実」であってもこれを直視し、今取るべき最善の道を選ぶことが判断力である

◆郵政選挙では刺客として送り込まれ、地域には何の関係もなかった候補者が、短期間の運動で大量に得票した。そこに、国民と政治化との間における直接性をめぐるねじれた関係を見出すことができる
◆多くの人々は政治化に世話を焼いてもらうことをうざったいと思うようになったのであろう。政治家と人々がコミュニケーションを持ち、地域の切実な問題を解決してもらうと言う意味での直接的関係は、もはや過去のものになろうとしている。
◆今後、少数者や集団への利益配分が、既得権として一切合財否定されるなら、公共の利益は何を意味するようになるのであろうか。人々の生活上の苦労を顧みない民主政治なるものはありえるのだろうか。私にはそれはもはや独裁政治だと思える
◆人々が何に苦しんでいるのか、どのような助けを必要としているかを知ることは、政治の原点である。小泉時代にはすっかり悪者扱いされたが、鈴木宗男や亀井静香の方が、他社に対する共感能力という点では、小泉やその手下よりも、はるかに立派な政治家である

◆官僚という人種は、既存の制度や法律を前提としてものを考え、あらゆる問題を既存の制度の枠の中で解決しようとする。それは決して悪いことではなく、官僚に求められる資質
◆警察官や税務署員が、勝手にルールを作り変えて、市民を捕まえたり、税金を徴収したりすれば、市民生活は大混乱に陥る。官僚が杓子定規で、保守的なのは仕方のないこと
◆やる前から、予算がない、法律はこうなっているなどと逃げ口上を言うのなら、政治家など必要ない。最近の若く、頭の良い政治家は、官僚と一緒になって、狭い範囲で政策を考える傾向がある


【ルール6】
◆矛盾を矛盾として感じないよう、国民の感覚を麻痺させれば、あるいは、国民に二重思考を植え付ければ、政治家はやりたい放題ができる。戦争を起こして多くの国民を殺しても、それは平和のためなのだから文句を言うなと国民を押さえつけることができる
◆国会質疑で野党からイラクのどこが非戦闘地域かと尋ねられ、小泉は自衛隊のいる所が非戦闘地域だと開き直った。これは論理学では循環論法である。
◆自衛隊は非戦闘地域に派遣すると小泉は言う。同時に非戦闘地域とは自衛隊がいる所だと言う。これは何も言っていないに等しい。
◆政治家の責任を追及することは、政治家の言葉の中にある矛盾を追及することと同じである。政治家に対して、「以前あなたはこう言ったが、今していることはそれと食い違うではないか」という形で、政治家を追及するのが最も一般的な戦い方である。

◆日本の経済の構造とは一体何なのか、それをどのように変えていくのか、小泉は一度も体系的な説明をしたことはない。むしろ、中身をきちんと説明しなかったからこそ、構造改革という路線は人々の指示を集めたのである
◆小泉改革による「医療制度改革」が決定されて何年か経って、ようやく人々は曖昧な言葉が実際に何を意味するかを理解し、怒り始めた。後期高齢者医療精度は高齢者に早く死ねと言うようなものだと、高齢者が言い出した。しかし、これは最初から分かっていたことである。
◆同じ過ちを繰り返さないためには、政治の言葉の意味を問いつめることが必要

◆人間が政治現象を眺めるとき、常に政策や政治家の力量について合理的な判断を行うということはありえない。愛着、嫌悪、恐怖、侮蔑などの勘定や情緒が政治現象に関する判断や評価には付きまとう。イメージはこうした感情の作用と密接に結びつく。
◆ステレオタイプは多様な事物を単純化し、自ら思考することなしに事物を理解できるという感覚を与えるところに大きな機能があった
◆社会の中で平穏な生活を営むためには、人は時として、自らの良心を放棄してもステレオタイプを共有するという選択を行うものである。ステレオタイプに対して異論が唱えられたとき、多数派の側が異論を圧殺しようとするのは、ステレオタイプが多数派の人々にとって秩序の基盤となっているからである

◆為政者は自ら推し進める政策に反対する反対勢力について、ステレオタイプを造り出す。
◆我々はステレオタイプなしに物事を認識することはできない。そこが難しいところである。我々に必要なことはメディアに氾濫するイメージがステレオタイプに陥っていないかどうか、考え直すこと、少しでも別の角度からものを見るよう試みること
◆メディアにはまだ良心が残っている。こうした良心を更に広げ、メディアでの発言のスペースを大きくしていくためには、視聴者、読者である我々の責任が大きい。メール一通、ハガキ一枚でいいから、これはよかったという意見をテレビ局や新聞者に伝えることで、メディアは変わる。


つづき
その4





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